『アリスとテレスのまぼろし工場』所感 



岡田麿里監督の最新作を見てきました。

さよならの朝に約束の花をかざろう』もかなり良かったので2年前のPVから期待値は高かったです。

 

製作がMAPPAということで、特に凄かったのは背景描写ですね。地面や建物の質感が現実そのもので、シャッター街となっている商店街は凄く懐かしい気分にさせられました。作中では夏と冬の季節が両方描かれるのですが、それぞれ暑さと寒さが直に伝わってくるような空気感がよく表現されてたと思います。

 

続きからはストーリーについてネタバレ含みつつ。多分そんなに長くは書かない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

簡単にストーリーを言語化してみると、虚構世界に迷い込んだ現実世界の子供を現実へ送り返す話。その子供は主人公たちの娘だった、というものです。

虚構世界と現実の世界の対比、かなり手垢がついた設定ではあるものの虚構世界の維持方法が「変わらない事」だったことと、虚構世界の住人たちが自分たちが虚構の存在であることを自覚すること。僕の大好物な世界観です。

今年だと『グリッドマン ユニバース』でも強く主張されていますが、『シン・ゴジラ』や『君の名は。』を始め、3.11後から虚構と現実の境界線について敏感になった作品が増えており、今回の『アリスとテレス』も虚構と現実の境界線についてかなり強い主張がされていました。

『アリスとテレス』では当初は1991年の主人公の正宗たち含む住民が「隔離」されてまぼろしの世界に閉じ込められた、という境遇かと思いきや、隔離ではなく「複製」だったという話でした。現実世界を模倣した世界だったということです。この辺はタイトルにもなっているアリストテレスにも強く関係しているのかな、と思います。イデア論に対する反論とかを調べてみると作品に対する解像度が上がると思います。

 

最終的に主人公たちはまぼろしの世界で生きていくことを選択します。というよりは自分たちの未来がある現実世界に居場所は許されず、虚構世界で生きていく以外は消滅するという選択しかないので結果論なわけなのですが。

変わらない事、心を異様に動かさないことが虚構世界の維持が虚構世界にいるための条件だったわけですが、五実が現実へと帰還した後は条件がどうなったのか正確には分かりません。けれども正宗と睦実は互いの心音を確かめ合い、ちゃんと痛みがあるということを実感してあの世界で生きていくという宣言、「俺たちは生きている」で正宗たちの物語は終わります。

正宗たちが出した答えは別に「ここは虚構世界だけれど、俺たちが現実だと思う世界が現実」といったありがちなチープな答えじゃありません。世界がどうとかどうだっていいんですよね。自分が生きていること、それが実感できるなら虚構だろうが変化がない街だろうが大した問題ではないのです。その部分がこの映画ではとても心を打った主張でした。

それを考えると偉そうに町民に演説していた佐上さんもあながち間違ってはいないように思えますよね。正宗の叔父も言っていたとおり、佐上さんは最初からまぼろしの世界を肯定して楽しもうとしていた。あの人を凄く人相の悪いキャラにしてるのが中々皮肉っぽい。最初から虚構の世界であることを知っているアドバンテージはあるものの、虚構である世界を肯定している点では一番誠実なキャラだったと思います。五実を秘匿して犠牲にしていた点は擁護できませんが。

変化が無く退屈な日常でも、その中で自分なりの幸せとか楽しさを見つけられる人って尊いと思います。また、変わらない世界だからこそ、本当に自分がやりたいことが見出せるという人も。仙波くんがそんな人物でした。変わりたい変わりたいと思っている人ほどその責任を世界に押し付けているんですよね。僕の場合は…どちらかというと前者でありたいかな。今がこれからずっと永遠に続くとしても、多分退屈しない気がします。卑屈で思考することが大好きなので。

 

今回の映画で一番岡田麿里っぽいなーと思ったのは列車で睦実が五実を送り出すシーンですね。五実に失恋をさせるシーンなわけですけど、五実が恋心を抱いている当人の正宗をポイっと突き飛ばして場外送りにし、自分の娘と二人きりになったところで「あの男は私のものだから、その代わりにあなたは未来を生きて」と傷つけながらも未来を生きていく娘へのエールを送っています。娘を現実へ送り出す言葉、そして正宗は五実からの恋心に答えられないという事を正宗から言わさずに睦実本人から言うの最高ですよね。THE岡田麿里というシーンだったと思います。将来自分の夫になる男と分かっていて棘のある行動をしつつも、こういうところで独占欲バリバリなの堪らないです。

 

後日談として見たいシーンが色々とあったものの、ラストシーンは成長した五実が現実の製鐵所を訪れるシーンでまぼろしの世界を追憶するというもので締められていました。これが変にまぼろしの世界の痕跡を描写せず、現実の世界で思いをはせる五実のモノローグで終わるのが良いですね。自分にもこういう昔の思い出の場所あるよなー、ってノスタルジーな気持ちになったまま中島みゆきの歌声に殴られて映画館を出る事になります。

 

あとは園部とか正宗の叔父さんとか祖父とか、五実=沙希が正宗と睦実の娘だったことに気づいた正宗の反応とか色々と書きたいところはあるものの、これは小説版を読んだり2回目を観に行ってから思うところがあれば追記したいと思います。世界設定の考察とかは賢い人がやってくれるでしょう。

 

演出面で少し惜しいな、と思った部分はあったものの、2023年の映画の中ではトップレベルに好きな作品でした。世間はどう評価するかはさておき、僕はこれ以上ないハッピーエンドだと思います。